応募はコチラから「先生のコトバ」を募集しています!あなたの心に残る【締切】10月26日(月)22:00まで

ここでは、「先生のコトバ」を掲載しています。人生に影響を与え続けていたり、大切な場面でいつも思い出してしまう。きっと皆さんの心の中にも、そんなコトバが残っているのではないでしょうか?学生時代を思い出しながら、ぜひご覧ください。

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砂漠をともに旅していた車が故障した時に役立ったのは、どんな難しい数学の知識よりも、車の知識だった。
僕は昔からいわゆる優等生で、いわゆる「頭の良い」高校に進学することが決まった。そんな中、学校を卒業する時に、担任の先生が僕にくれた言葉。大人になり社会に出ていく上で、机上の理論だけでは生きていけない。大切なのは学校では教えてもらえないような生きるための知識も兼ね備えていること。この言葉をかけられてから、成績につながる勉強だけでなく、さまざまなことに興味をもって積極的に挑戦するようになった。通知表の成績だけでは表せない豊かな人間に少しでも近づけることをめざしてー。
人生は、小さい努力の積み重ねだってよくいうけど、逆に言うと、小さい妥協の積み重ねにもなるからな。
私が高校生で野球部だった時に、部員が練習でちょっとしたことを妥協していた場面を見て副顧問の先生が言った言葉。「妥協って、大きな選択の時にだけ存在しているわけじゃないからな。 今、この練習を妥協してやったら、そのうち、今日の練習そのものも妥協して、 それが毎日積み重なって、妥協することに慣れてしまって、 夏の大会で勝とうっていう目標もどうでもよくなるぞ。 君たちの人生も同じで、例えば、●●大学に行きたいと思っていても、 今日の勉強を妥協したら、それが積み重なって、 いつしか『大学ならどこでもいいや』になる。その後の人生も同じなんだ。 だから、小さなことでも、目の前のことを簡単に妥協するんじゃない。 このグラウンドに人生があると思え。」普段練習中に部員を集めて何かを言ったりするようなことのない先生が、この時、初めて熱く語ったのですごく心に刺さりました。この言葉は、今でも仕事をしていると、そのときの光景や空気までハッキリと 思い出すことができます。「ここに人生があるんだ」という思いとともに。
勉強が終わったら少し自分が変化している、 それが勉強したということです。
大好きな中学校の時の英語の先生が、中3の夏休み前、受験を控えているにもかかわらず少し気が緩んでいる私たちを見て言ってくれた言葉です。 気だるげな感じで話を聞いていなかったような生徒も、活発に授業に参加している生徒も、この言葉を聴いて少しピリッとしていました。私はその頃英語を使って仕事をしたいと考えていたので、毎回の授業できちんと文法やフレーズを身につける、ということが 「変化する」ということだと理解し、さらに勉強に励んだことを思い出します。毎日プリントや教材など周到な準備をして授業に臨んでくれる先生が 言ってくれたからこその重みもあり、心に残っています。
どんな職業に就いてもいいけど、 人に「ありがとう」と言われる仕事に就きな。
高校の国語の先生が授業中にふと言った言葉。普段からのほほんとしていて、どんなことにも基本的に「いいんじゃない」と言うような先生でした。授業でも、筆者の考えを解説したり、生徒の感想を共有することが中心だった先生が、珍しく自分の意見を言ったからか、今でも心に残っています。「自由と自主」が校訓で、チャイムも鳴らない、風紀検査もない、校則もないに等しい学校でした。今振り返ると、先生たちから何かを強制されたり価値観を押し付けられたと感じた記憶がありません。それはきっと、どんなことでも自分で考え、自分で決め、自分で責任を取れ、という、先生たちからのメッセージだったのだと思います。そんな学校生活が今の自分をつくっていると感じます。おそらく、客観的には自由に見えているであろうキャリアを歩んでいる私ですが、社会に還元できるような仕事であるか、感謝されるような仕事であるかどうかだけは必ず意識しています。
この読書感想文を読むと、この人が本が好きなことがよくわかります 。 字は体を表すと言いますが 、丁寧に一生懸命書けていて素晴らしい。
小学生の頃、自分に自信がなく、引っ込み思案だった私に先生がかけてくれた言葉。これにより「私は文章を書くのが得意なんだ」と思い込み、好きな科目は国語と公言するようになり、実際にそうなりました。先生は私にこんな風に言ったことは覚えてはいないと思いますが、たった一言褒められるだけで、子ども(私)の心にはこんなにも残り、影響を与え続けるんだなあと思わされる一言です。
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